ホーム  >  会社概要  >  沿革(CIから見る、増渕組のあゆみ)

History/ 沿 革

増渕組の歴史

CIから見る、増渕組のあゆみ

CIとは、コーポレートアイデンティティ。
会社の個性・目標の明確化と統一をはかり、社内外にこれを印象づけるための組織的活動をさします。
初代・増渕 寅一の頃より変わらず掲げてきたロゴマークは
増渕組の会社の歴史を語る大きなシンボルであり、
現在まで培ってきた増渕組全体のアイデンティティそのものとなっています。

現在のマーク
※現在のロゴマーク

私達増渕組のロゴマークは、
初代・増渕 寅一が創業より掲げていたマークが変化したものです。

創業時のマーク
※イメージ

□に寅の文字が入った法被を着ている従業員
□に寅の文字が入った法被を着ている従業員

増渕(ますぶち)の□(ます)に大きく寅一の「寅」と入った法被を着て当時の増渕組の社員は作業を行っていました。
この「寅」という文字がさらに簡略化されて、「寅」から「と」になり現在使われているマークへ変化していきます。
大兄弟の長男として生まれ、面倒見の良い親分肌であり、誰よりも働き者で努力家だった創業者・増渕 寅一を慕う人間は多かったそうです。
そのおかげでこのマークは、いつからか□(ます)に「と」が入って「ますと」と呼ばれるようになりました。

現在の増渕組の礎を築いてきた歴代社長たち

初代・寅一社長は宇都宮市で生まれ、戦時中は土木工事を仙台方面で数多く下請けしていました。
戦後は食糧難により従業員の食糧を確保するのに大変苦労しながらも、若者に頼りにされる良き親分でした。
昭和26年に宇都宮に戻り、自ら建設業を目指して独立。
創業当時、寅一社長の人柄とバイタリティーに惚れて宇都宮へ移住したものも多く主従共々家族のような雰囲気で信頼し合い、「大家族主義」の増渕組の礎を築きあげました。
気っ風のいい人であり、大変な努力家であり、商才に長けた人でありました。様々な一面を持ち合わせた初代は業界全体を牽引する存在でもあり、亡き後も初代を慕う人間は決して少なくはありません。

初代・寅一社長

そして昭和56年、二代目社長・増渕 秋雄が就任しました。
石川県出身。堅実で、先見の明があり、最新機器やITの導入をいち早く行い、初代から受け継いだ地元からの信頼をさらに深めるものにしました。
時代はバブル期。目先の利益には惑わされることも多いこの時期に着実にコツコツと成果をあげ、会社内外の改革を進めました。
現在は会長に就任。

二代目社長・増渕 秋雄